防災リュックの見直し。あなたのリュックに「歯ブラシ」ありますか?

もうすぐ9月1日、「防災の日」ですね。ご自宅の非常用持ち出し袋や防災リュックの中身、最近チェックされましたか?
「お水や非常食、懐中電灯はバッチリ!」という方でも、意外と見落としがちな「お口のケア用品」、準備していますか?
災害が起きた直後は、命を守ることや、お水・食料の確保が最優先。どうしても歯みがきなどのケアは後回しになりがちです。
しかし、避難先でお水が自由に使えない状況が続くと、お口の中では細菌が急増します。実は過去の災害でも、避難生活で多くの方が悩まされた健康トラブルのひとつが、この「お口の環境悪化による体調不良や感染症」でした。
避難先でお口の清潔を保つことは、単なる身だしなみや気休めではありません。「大切な命と健康を守るための感染症対策」そのものなのです。

ここで、歴史に残るエピソードをひとつご紹介します。
かの有名なタイタニック号をはじめ、生涯で3度もの大型船海難事故に遭遇しながら、奇跡的にすべて生還した看護師のヴァイオレット・ジェソップ女史のお話です。
彼女はタイタニック号が沈没する激しい混乱の中、真っ先に自分の歯ブラシを手に取り、コートのポケットに押し込んで避難したと手記に書いています。
なぜ一刻を争う場面で歯ブラシだったのでしょう?
実は彼女、前の年にオリンピック号という船で事故にあい、その際歯ブラシがなくて大変な思いをしたのでした。その苦い経験から「歯ブラシのないことのつらさ」を同僚に訴えたところ、
「いい?もしまた事故にあったら、何はなくても 真っ先に『歯ブラシ』だけはポケットに入れて逃げるのよ!」
と助言されていたのです。事故の混乱のさなか、彼女の頭の中に同僚の言葉が浮かんだのだそうです。
経験者だからこそ知っていた「非常時における歯ブラシの絶対的な重要性」。歴史的な事故を生き抜いた女性のリアルな教訓は、現代の私たちにとっても非常に大きな示唆を与えてくれます。災害時の持ち出し袋には、水や食料と同じように「歯ブラシ」が絶対に不可欠なのです。
なぜ災害時のお口のケアが重要なのでしょう?
災害が発生すると、水不足や避難所生活という環境の変化によって、多くの人が歯磨きやうがいができなくなります。しかし、お口のケアを怠ると、単に「口臭が気になる」「すっきりしない」といった問題だけにとどまらず、生命を脅かす深刻な感染症リスクへとつながります。
① 避難所生活で猛威を振るう「インフルエンザ」と歯周病菌の危険な関係
避難所のような密閉・過密空間での集団生活では、インフルエンザや風邪などのウイルス性感染症が一気に広がりやすくなります。実は、このウイルス感染の引き金になるのが「お口の中の細菌(特に歯周病菌)」です。
お口の中に存在する歯周病菌は、「プロテアーゼ」や「ノイラミニダーゼ」と呼ばれる特殊な酵素を放出します。この酵素は、鼻やのどの粘膜を覆っている「保護タンパク質(バリア)」を破壊してしまいます。バリアが破壊された粘膜からは、インフルエンザや風邪のウイルスが侵入しやすくなり、細胞内で爆発的に増殖して、感染を拡大させてしまうのです。
お口を清潔に保つことは、マスクや手洗い以上に重要な「ウイルスの侵入を防ぐ水際対策」なのです。
② 命を脅かす「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」
特にご高齢の方やお子さま、避難生活の疲労で免疫力が低下している方で注意が必要なのが誤嚥性肺炎です。お口の中で急増した細菌が、唾液や食べ物と一緒に誤って気管から肺に入り込むことで深刻な炎症を引き起こします。過去の大震災でも、避難生活中に誤嚥性肺炎を発症して尊い命を落とされた方が数多くいらっしゃいました。
③ ストレスとお口の乾燥(ドライマウス)の悪循環
避難生活の強いストレスや水分摂取不足は、唾液の分泌量を著しく低下させます。唾液にはお口の中の汚れや細菌を洗い流す自浄作用や抗菌作用がありますが、お口が乾燥すると細菌の増殖スピードは一気に跳ね上がります。
避難先でお口の清潔を保つことは「インフルエンザや肺炎から大切な命と健康を守るための感染症対策」そのものなのです。

防災袋に備えておきたい「お口の衛生アイテム」
お水が自由に使えない非常時を想定して、ご自宅の防災リュックに入れておくと便利なおすすめアイテムのご紹介をします。
・コンパクトヘッド歯ブラシと歯間ブラシ・フロス
非常食はパンや乾パン、おにぎりなど炭水化物が中心になりがちで、歯と歯の間に詰まりやすくなります。フロスや歯間ブラシがあると、少ない水でも効率よく汚れを落とせます。
・口腔ケアシート(ウェットシートタイプ)
お水を使わずに汚れを拭きとれるシートです。メッシュ構造になっているものは、歯の表面のプラーク(歯垢)や粘膜の粘り気をしっかりからめ取ります。
・液体歯磨き(デンタルリンス)または洗口液
お口に含んですすぎ、吐き出してブラッシングするだけで洗浄・殺菌効果が得られます。水ですすぐ必要がない低刺激タイプ(ノンアルコール)のものを1本入れておくと非常に重宝します。
・入れ歯ケース・矯正装置ケース・洗浄剤
義歯や矯正のアライナーや保定装置(リテーナー)を使用している方は、破損や紛失を防ぐための専用ケースと洗浄剤も忘れずに用意しましょう。

水が使えない場所での「拭き取りケア&お口の体操」
「手元に十分な水がない」「持ち出し袋を持てなかった」という極限状態でも、身近なものを工夫してお口の清潔を保ち、感染症を防ぐ方法のご紹介です。
① 口腔ケアシートやガーゼを使った「指磨き」
専用のシートはもちろん、救急箱に入っているガーゼや清潔な木綿のハンカチ・手ぬぐいがあれば代用できます。
・人差し指にシートやガーゼをしっかり巻きつけます(少し水で湿らせることができれば理想的です)。
・歯の表面、裏面、歯ぐきとの境目をやさしくなでるようにふき取ります。
・頬の内側や上あごの粘膜のぬめりも優しく拭き取ります。
・最後に、細菌が溜まりやすい「舌の表面(舌苔)」を奥から手前に向かって優しくぬぐいます。
※力を入れすぎず優しく拭き取るのがコツです。
② 唾液を出して自浄作用を高める「唾液腺マッサージ&お口の体操」
道具が何もないときは、自分自身の「唾液」が天然の防衛バリアになります。唾液に含まれる抗菌成分(IgAなど)が、インフルエンザウイルスや細菌の増殖を抑えてくれます。
・唾液腺マッサージ
耳下腺:上の奥歯あたりの頬に指をあて、後ろから前に向かって円を書くようにやさしくマッサージします。
顎下腺:顎の骨の内側の柔らかい部分に親指をあて、耳の下から顎の先に向かって順に押し上げます。
舌下腺:顎の真下(舌の付け根の真下あたり)を両親指でグッと押し上げます。
・お口の体操
「あ・い・う・べ」とお口や舌を大きく動かしたり、舌先で歯の表面をぐるりと一周なでることで唾液がじわっと湧き出てきます。
③ キシリトールガムの活用
食べた後すぐ歯みがきのできない状況では、キシリトール100%のガムやタブレットで酸を中和させることも良いでしょう。

日ごろのメインテナンスが一番の防災です
ここまで非常時のケア方法をお伝えしてきましたが、実は「最高のお口の防災対策」は、災害が起きる前の日常にあります。
避難生活の最中に「激しいむし歯の痛みや歯ぐきの腫れ」が起きても、被災地ではすぐに歯科医院を受診することは難しく、鎮痛剤や抗生物質の手配も容易ではありません。
痛みを抱えたまま過ごす避難生活は、想像以上のストレスと体力の消耗を伴います。だからこそ、非常時に自分自身やご家族の体を守るための最大の備えは、「トラブルの種を普段から作らないこと」、つまり日ごろのメインテナンスなのです。
「自分のお口にはどんなケアグッズが合っているんだろう?」「防災用にはどんな歯ブラシやフロスを選べばいい?」
疑問に思われた方は、どうぞお気軽に当院のスタッフにご相談ください。日頃のメインテナンスと合わせて、「お口の防災アドバイス」をさせていただきます。
いつ起こるかわからない非常時だからこそ、日ごろの予防と準備で、大切な笑顔と健康を守っていきましょう。
